例えこの身が朽ち果てようとも、
例えこの命が失われようとも、
どうか、この想いだけはお前と共に………
『別離 4』
「ウソップ!」
朝早くに船を飛び出したウソップが漸く帰って来たのを見付け、ナミはその名を呼んだ。
辺りの暗さに眉を顰める。
「随分遅いじゃない。……ゾロは?」
会えたの?と訊いてくるナミに視線を合わせ、ウソップは俯いた。
「…ウソップ?」
「……会えた」
「!?そう、じゃあ…」
連れ戻せなかったのね、と続く言葉をナミは呑み込んだ。
ゾロが“船を降りる”と言ったのだ。そう簡単に連れ戻せる筈が無い。
分かっていた筈だ。
「ウソップ!」
二人の話声を聞き付けてか、チョッパーが走って来た。
ウソップが一人なのを確認し、悲しそうに目を伏せる。
「…ゾロは、ダメだったんだな?」
「………」
目の前の二人に真実を話したい。そうしたら何とかなるかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎり、ウソップは首を降った。
『約束だ』
ゾロの声が蘇る。彼との約束は絶対なのだ。
「ゾロ、何か言ってたか?」
そう尋ねるチョッパーが心からゾロを心配している事が分かり、ウソップは拳を握った。
「………いや」
「そっか、じゃあやっぱりゾロは…」
「違っ……!」
「ん?」
「いや、えっと………サンジは?」
「今は落ち着いてるよ。でも、薬は完成しなかった。明日の昼には絶対出来るよ!」
「そりゃ良かった」
「…ウソップ?」
「はは、ちょっと疲れた。もう寝るな」
「あっ、おい…」
制止を聞かずに男部屋に消えるウソップを見つめ、チョッパーは首を捻った。
「どうしたんだ?」
「さぁ…何かあったのかしら?」
男部屋に着くなりハンモックに横になり、ウソップは大きく息を吐いた。
誰も居ないのは幸いだった。
「ちくしょ………!」
真実を知っていながら、隠さなければならない。
それは予想以上に辛い事だった。
『…悪ぃな。きっとお前が一番辛ぇ』
悲し気に呟かれた言葉を思い出す。
「こういう事かよ……」
ウソップは唇を噛み締めた。
死を覚悟し仲間と別れ、一人苦しみに耐える。
一番辛い筈なのに、それでも他人の事を心配していた。
「何でだよ……」
何がいけなかったのだろうか。
「何でだよ……」
どれだけ口にしようと、その答えが見付かる筈はなかった。
「皆〜!やっと完成したぞ!」
液体の入ったビンを抱えたチョッパーがそう声を上げたのは、
サンジが発病して三日目の昼過ぎだった。
「ホントか!?」
やったなぁ、と言いながらチョッパーに駆け寄るルフィには、
仲間にしか分からない程度の僅かな影があった。
「頑張ったじゃない。名医さん」
「め、名医だと!?誉められたって嬉しくなんかないぞ、コノヤロー!」
「はいはい、それは分かったから。サンジ君に薬飲ませなきゃ」
そんないつもと変わらない様に見える会話にも影が付きまとう。
ほんの些細な事で、ゾロが抜けた穴の大きさを思い知らされた。
「ウソップ、ほら!」
掛けられた声の方を見ると、昨日から元気が無かったのを気にしてか、
チョッパーがビンの中身が見える様にと掲げてきた。
「サンジ、ちゃんと助かるぞ!」
自分を元気付けようとする気配りは嬉しかったが、他の事が頭を占めウソップは笑えなかった。
(確かに、少ねぇ…)
チョッパーの持つ薬の量に、ウソップは顔を顰めた。
ゾロが言っていた通り、それは1人分でやっとの様だ。
(余るかと思ってたけど…)
これでは余る筈が無い。
サンジの分に足りるかどうかも疑わしいくらいだ。
(やっぱり、ゾロは……!)
皆に打ち明けたい。
何度目か分からない誘惑が頭を霞め、ウソップはそれを振り払うかの様に激しく頭を降った。
「…ウソップ?」
「おっ、おう!?あっ…やっぱお前はスゲェな!」
「…どうしたんだ?」
「はは、俺様とした事が、驚いて言葉を失っちまった!」
「ウソップ」
「全く、情けねぇな!これしきで驚くたぁ…」
「ウソップ!!」
叫んだチョッパーの激しい怒りに、ウソップは思わず口を噤んだ。
「…何だよ」
「お前、変だぞ!」
「はぁ?何言って…」
「何かあったんだろ!」
「…何も無ぇよ」
「じゃあ、何で泣いてるんだよ!?」
「え………?」
言われ頬に手をやると、指先に生暖かいものが触れた。
「俺……泣いて………?」
「気付いてなかったのか!?」
「ば、馬鹿言え!これはサンジが助かるから、嬉しくて……」
「違うだろ!それなら、何で悲しそうなんだよ!?」
「………見張りしてくる!」
「あっ、ウソップ!」
走る様にマストへ向かうウソップを追おうとして二、三歩踏み出し、チョッパーは足を止めた。
「やっぱり、何かあったんだよ」
誰にともなく呟くと、そうね、とナミが頷いた。
「でも、あの様子じゃ話す気は無い様ね」
「ゾロに関係あるのかな?」
「その可能性が高いわ…」
「放っとけよ」
「ルフィ!?」
突然会話を中断させた言葉の主に向き直り、チョッパーは叫ぶ様にその名を呼んだ。
怒りを隠そうともしないルフィに思わず怯む。
それは仲間に向けられて良いものではなかった。
「今はサンジだろ」
「でも、もしかしたらゾロに何か…」
「あいつはもう関係無ぇだろ」
「………!!」
あまりにも冷たい言葉に、チョッパーは目を見開く。強く握った拳が震えた。
この船に初めて乗った時から、二人の堅い絆に驚かされ続けてきた。
ルフィとゾロが離れるなど、考えた事が無かった。否、考えられなかった。
「あいつはもう仲間じゃねぇ」
「ルフィ!!」
「チョッパー!」
今にも飛び掛かろうとしながら叫んだチョッパーをナミが制した。
「…ナミ?」
何で?と声に出さずに訴えると、厳しい声が降ってきた。
「ちょっと落ち着きなさいよ!」
「でも……」
「あんたもよ、ルフィ!
ゾロの下船を認めたんだから、後は責任持ってちゃんとしてなさい!」
「………」
「それが船長としての務めでしょう!?」
「…悪かった」
「チョッパー、サンジ君に薬飲ませる準備をして」
「……うん」
「さぁ、皆さっさと動く!サボりは許さないわよ!」
「「お、おう!」」
慌てて走り去るチョッパーとルフィを見送り、ナミは大きく溜息を吐いた。
そんな背中に優しい声が掛かる。
「随分と無理をしているみたい。大丈夫?」
「ロビン……そうね、結構辛いわ」
無意識の内に右手が肩の刺青に触れた。
彫り直す前は、憎い仇への忠誠の証が印されていた。
「前は、ベルメールさんを殺した男の傍で笑ってた」
この船に乗った時、仲間達がこの船に乗るようになった経緯を聞かされていたロビンは、
黙ってナミを見つめていた。
「村の皆に嘘吐いて、海賊達を騙して……それでも平然と笑ってた」
刺青に触れる手に力が入り、微かに震えた。
「それなのに、今は凄く辛いの……。感情を殺す事が、難しいの……」
自分に嘘を吐き笑う事が、此程辛いとは思わなかった。
「……弱くなったものね」
「それは違うと思うわ」
「………?」
「感情を殺す事が辛いのは、長い間そうしていなかったからよ」
「…………」
「仲間が出来て、感情を殺す必要が無くなった。とても幸せな事だと思わない?」
「ロビン……」
ロビンの励ましに優しく微笑み、ナミは、よしっ、と声を上げた。
「チョッパーを手伝ってくるわ。ついでにルフィの様子も見てくる。
もう、本当に世話の掛かる連中なんだから」
口では文句を言いながらも、その表情は幾分か明るくなっていた。
「ロビン、ありがと!」
「ふふ、少しでもお役に立てたのなら嬉しいわ」
軽く手を振り船室に姿を消すナミを見届け、ロビンは笑顔を消した。
『仲間が出来て、感情を殺す必要が無くなった。とても幸せな事だと思わない?』
ナミに言った台詞が頭の中で反響する。
「私も、貴方みたいになれるかしら……」
小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届かず風に紛れて消えた。
ウソップは見張り台に座り込み、塩分の多い冷たい風を感じていた。
『皆〜!やっと完成したぞ!』
『チョッパー、サンジ君に薬飲ませる準備をして』
今までの会話が頭の中を駆け巡る。
皆の声が大きかったのか、自分が耳を澄ませていたのか、話の内容は大体聞こえていた。
『あいつはもう関係無ぇだろ』
その言葉に体が震える。冷たいルフィの声が頭から離れなかった。
(……違う。違うんだよ)
悔しさに唇を噛み締める。何故伝えられないのか。
(ゾロは……仲間だ!!)
只それだけの事を言えずにいる。情けない。
『約束だ』
その言葉に縛られていた。
(薬は一人分だけだ。それをサンジに飲ませたら、もうゾロは助からねぇ……!)
打ち明けるなら、今しかない。
それが分かっていながら、“約束”の二文字がそれを止めていた。
「く、そ………っ!!」
やり場の無い怒りが身体中を駆け巡り、ウソップは強く拳を壁に打ち付けた。
どうすれば良いのかが分からない。
その時、下で扉の開く音がした。直ぐにチョッパーの声が響く。
「ウソップ!ロビン!サンジに薬を飲ませるぞ〜!」
決断の時は迫っていた。
…to be
continued.
後書き:まだ続いてます(゜゜;
今回はゾロ出てきませんでした。
仲間達の心情が表せれば、と思いましたが、燦の文章で伝わったかどうか…(+_+
きっと無理でしょうね(無責任
次はゾロ出したいです。
今回は今までで一番長くなりました。
にも関わらずお付き合い下さった方、本当に有難う御座いますm(_
_)m
貴方は燦の友達です!
…え、嫌?
でも、友達ですv(黙れ
2005.04.05
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