||| 3. HE SANG |||

階下からギターの音が聞こえてくる。
昨日よりも全然音がでかい。

「二日酔いとかないわけ?」




完璧に眠りこけているマットシ、ギターを鳴り響かせているカツラギ、サッカー談義に燃えているキネとワタル。
そんな4人に見送られ、ウツはテツと一緒にキネの部屋を出た。

外は明るかった。
けっきょく日が昇るまで飲み続けていた。
そのまま何を話すわけでもなく、ふたりは階段を登り、それぞれの部屋に入っていった。
その後の記憶はない。




時計を見る。
もう夕方だ。

しばらくギターの音に耳を済ませてみた。
「ウツに歌ってほしいんだ」
昨日テツが言っていた曲だろうか。
ギターの音だけではどんな曲なのか想像もつかない。

体を起こし、またしても枕と化していた鞄を開ける。
何も持って行かなかったのに、持って帰って来た物はけっこうあった。
あの時は「捨てるわけにはいかない」と、「命より大事なんだ」と思い込みながら鞄に詰めた物たち。
こうして自分の部屋で見てみると、大して重要そうな物はひとつもなかった。

鞄をそのままクローゼットの中に押し込む。

お酒を飲んだ翌日に異様に喉が渇くのはみんな同じなんだろうか。
キッチンまで行って冷蔵庫を開ける。
お茶のペットボトルを手に取ってみる・・・「これ、いつのだ?」怖くてそのままゴミ箱に入れた。

しばらくそのまま立っていろいろ考えてはみたが、喉は潤わない。
喉の渇きは増すばかり。

上着をひっつかみ、財布とタバコをポケットに入れると、部屋を出た。
昨日はなんでか気付かなかったが、外はやけに寒かった。




「ウツはどーした?」
ボサボサの頭をかきむしりながらマットシが寝室から出てきた。
キネは机に向かい、部屋にはまた紙が散乱していた。

「なに寝ぼけたこと言ってんだよ。なんか飲む?」
今しがた何かを書き込んでいた紙を両手でクシャっと丸め、それを投げてからキネはキッチンに向かった。
それと入れ替わりにマットシが机の前に座った。

「あれ、これ前読んだところから進んでないじゃん」
致命的な地雷を踏みつけるマットシ。
ふとキッチンに目を向けると、コップにポカリを入れていたキネの手が止まっていた。
「あ、ごめん。いや、いーんじゃない?やっぱさ、千里の道も一歩から?」
わざとらしく笑ってから、マットシはソファに非難した。
キネは大きくため息をついてから、マットシの前にコップを置いた。

「ありがとー」
そう言うとマットシはゴクゴクっとポカリを飲み干した。
「ダメだな。飲んだ次の日って喉乾かね?」
空のコップを机の前に座っているキネに差し出す。
キネは動かない。
マットシはいそいそとキッチンに行き、冷蔵庫を開けてポカリを入れた。

「けっこう飲んでただろ」
何も書いていない紙から目を離さず、キネは呟いた。
「ねー飲んだねー。久しぶりだってのにウツとろくに話しもできなくってさー」
ポリポリと頭をかきながら、マットシはまたソファに座った。
キネも観念したように紙から目を離し、ソファの方へ向き直った。

「ワタルがビックリしてたぜ」
「最近飲むの控えてたからな」
「そーだったのか?なんでだよ」

マットシはいつだって夜の「グッドなムードメーカー」だったのだ。
ウツがいなくなったあの日以来、毎晩飲み明かしていたこのメンバーから「飲む」と言う行為が激減したのは否めない。
だが、マットシはよくワタルとふたりで飲みには行っているみたいだった。
キネは夜中にドラムのスティックで壁を叩きながら帰ってくるワタルの被害によくあっていた。


キネの部屋の隣には、ワタルの部屋がある。


そのワタルの壁叩きの後には必ずマットシの雄たけびと、階段を踏み鳴らす音が続く。


テツの部屋の隣には、マットシの部屋がある。


「いっつも同じヤツと飲んでてもなー」
笑いながらマットシはまたポカリを飲み干した。
「でさ、なんでだったの?」
タバコを手に取り、マットシは深く吸い込みながら聞いた。
「ウツ?」
「そう、なんで消えてたの?」
「知らない」
そのことばを言われるとはじめから分かっていたかのように、マットシは頷いた。
「言うわけないよな」




近くのコンビニまでは歩いて5分の距離だ。
この距離でも、ウツがコンビニまで行くことは滅多にない。
マンションとコンビニの往復を主にこなしているのは、カツラギとマットシだ。
あのふたりは用がなくてもコンビニに行く。
自分の買う物がないのなら、みんなの欲しがっているであろう物を買ってくる。

とりあえずお茶とおにぎりを買ってみた。
なかなか行かないコンビニだから、長居の仕方もよくわからず、必要な物だけ買うとさっさと出てきてしまった。

コンビニを出ると、寒さがやけにこたえる。
ダウンのジッパーを上まで上げ、ウツは歩き出した。
一瞬「せっかくだから散歩でもしようか」と頭をよぎったが、寒さに負けた。
そのままマンションへ一直進で歩いていった。




マンションの入り口を入ると、すぐ目の前にキネの部屋がある。
その左となり、カツラギの部屋からはさっきよりも増したギターの大音響が聞こえてくる。
ウツは無意識にカツラギの部屋のチャイムを鳴らした。

1回目は、無視。
2回目で、ギターの音が止まった。
5秒後、カツラギがドアを開けた。

「うるさかった?」
カツラギは申し訳なさそうに言った。
「コンビニ行ってきてさ」
「あ、ありがとう」
「いや、自分のしか買ってないんだけど」
今度はウツが申し訳なさそうに言った。

ふたりは笑いあった。

「例の曲、聴いてみる?」
カツラギはウツを部屋の中へ案内した。



相変わらずな物騒とした部屋。
タバコの煙が蔓延している中にギターが数本と、アンプやミキサーやスピーカーたち。
音楽に関する物の多さなら、きっとテツの部屋と引けを取らないだろう。
ただ、テツとカツラギでは物の種類が全然違うのだが。



音楽雑誌の山をどけて座りこみ、ウツは袋からお茶を取り出す。
おいしそうにそれを飲みながら部屋を見渡す。
「変わんねーだろ」
カツラギはCDの山をどけ、その空いたスペースに座った。
「あ、でもそのアンプは新しいんだぞ」
自慢げにカツラギが指差した方をウツが見る。
そしてまたすぐ目を戻す。
「興味、ないんですね」
笑いながら冗談っぽくカツラギは泣いてみせた。

ウツがもう一度お茶を飲んでいると、カツラギはCDの山の中から一枚のテープを出した。
「まだ焼いてないんだよね。ホントそのまんまのヤツ」
それをコンポに入れる。

スピーカーから音が流れてきた。
知らない曲。
これが、例の曲なんだ。


「こーゆーの、作るようになったんだ」
聴き終わったあと、ウツはさっきの曲のサビを口ずさんだ。
「もう覚えた?」
カツラギはビックリしてウツを見る。
「なんとなくね。てっちゃんのメロディならすぐ覚えちゃう」
ウツはタバコに火を付けた。
カツラギもタバコに火を付けた。

「大変だったぜ、てっちゃん」
カツラギは深くため息をつきながら言った。
「この曲いきなり作って持ってきてさ、ギター入れて!早くして!って」
テツのことばを再現するとき、カツラギは必ずテツの声を真似する。
「この曲ができたらウツが帰ってくるよーなさ、そんな気でもしてたのかな」

「・・・帰ってきちゃったね」
タバコを灰皿に押し付けながらウツは呟き、人差し指を立てる。
「もう一回聴かせてくれる?」


その後、ウツは何度も何度もその曲を聴いた。
何回目かには、カツラギが合わせてギターを弾き始めていた。
それから何回目かには、ウツが完璧にメロディを歌っていた。


テツの耳にそれが届いたのはそれから間もなくのことだった。

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[20040307]

モドル